【コラム】宗像海人航海日誌

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01. 僕の漁師デビュー

西に玄界灘、東に響灘を望む全国でも有数の水揚げを誇る鐘崎漁港。

父や祖父の背中を追いここ鐘崎で漁師を始めて今年で18年目になります。

僕は先祖代々続く漁師の家の長男として生まれ、家長が後を継ぐという事がこの地域ではごくごく当たり前の中、幼少の頃より「漁師は継がんでよか」と言われ育ちました。

一番近くで祖父や父の背中を見て育った分、大変さもわかっていましたし、僕には出来ない、やりたくない仕事でした。高校も進学校に通い、漁師になる気持ちは一切ありませんでした。

しかし、二年生になってすぐ高校を退学。見かねた父から「根性を叩きなおす」と無理やり漁船に乗せられました。この経験が僕の人生を変える大きな出来事となります。

体も大きく体力には自信のあった僕ですが、海の上ではまともに立つ事さえ出来ずに波に合わせ転げまわるばかり。しまいには恐怖と船酔いでただうずくまるだけで精一杯でした。

そんな僕を尻目に、黙々と仕事をこなし自由に自在に体を動かす父や乗組員の姿に驚愕したと同時に、今の自分との歴然とした「差」を思い知らされる事となりました。

しかし、僕の気持ちは「出来ない、やりたくない」から、「僕も早くこうなりたい」と言う強い憧れや尊敬の念を抱く気持ちに変わっていました。それからはどうしても漁師になりたいと言う自分自身の強い気持ちが抑えられず、父や祖父にその気持ちを伝え、ようやく僕の漁師デビューとなった訳です。

「漁師の本当の大変さ」

この頃の僕にはまだ知る由もない訳ですが、日本が直面する漁業の問題や現状をこの記事を通し知って頂き考えて下さるきっかけになればと思います。

02. 海とどう向き合うか

父や祖父の背中を追い漁師デビューして今年で18年目。

漁師となってすぐ修行も兼ねて、父の友人でもある宗岡譲さんの経営する巻き網船団の共進水産にお世話になることとなりました。

共進水産は県内でも常にトップクラスの水揚げを誇る水産会社で、現在はその乗組員として(4月〜12月のトラフグ漁以外の時は)お世話になっています。

僕が乗船した頃には水揚げは全盛期の半分程に減少しており、その後も水揚げは年々下降。

当初より「このままでは漁師じゃ食っていけん」、そんな声ばかりが囁かれていました。

海と向き合い、目の前の仕事を必死で習得し、漁師としての腕を磨く。それだけでは通用しない時代がすでに来ていたのは当時の僕でも感じる事ができました。

それでも漁師となった当時は、ひと月の内に数度、条件が揃えば豊漁になる日もありました。

今はたまたまの豊漁に期待することもできなくなりました。

目当ての魚が減る一方、燃油高騰に伴い経費は増大。それに加え魚価低迷とまさにお先真っ暗な状態が年々加速しているのが現状です。

燃油の高騰は致し方ないとして、資源枯渇や魚価低迷はまだまだ我々の手に負える範囲だと感じています。

そこを我々の責任として今は受け止め、改善して行かなければならぬと言う思いで僕は海と向き合っています。

世界でも類を見ない多種多様な魚食文化を持つ日本。

その文化を未来へ繋ぐには、今を生きる我々が海とどう向き合うかにかかっています。

03. 僕たちにまとわりつくジレンマ

「日本の海から魚が消える日」

こんな見出しやフレーズを目にした方は多いはずです。

年々減り続ける海洋資源を危惧し、50年以上も昔から資源保護の重要性や乱獲防止策の指針が示され、いろいろな対策が実施されてきましたが、資源は枯渇し続けているのがこの国の水産の現状です。

日本の海洋資源枯渇問題はとても深刻です。その原因は気候変動によることもさることながら、十分な資源管理システムが出来ていないがための実質「乱獲」と言わざるを得ない要因がとても大きいでしょう。

「魚は獲らなければ増える」

これは周知の事実であり、数多くの実証データも存在します。

資源管理を行い、次々と資源を回復させている国が現れている中、日本が一向に改善できない裏には、 僕達が漁業を行う上での特有のジレンマがあります。

僕自身も漁師として海と向き合う中で、 資源の枯渇を痛いほど肌で感じ、資源管理の重要性を訴えている一方、魚を獲らなければ生きていけません。

また、自分たちが獲らなくても他の誰かが獲ってしまう。ならば、大規模な禁漁というのも一つの手ですが、それは魚屋さんなどにとっては死活問題。

数年間の禁漁で魚が増えても禁漁後に買ってくれる魚屋さんがいなくなったのでは本末転倒なのです。

日本の海の多様性も資源管理政策の難易度を高めていると言われています。豊富な魚の種類や漁の種類の多様さが、海外での成功事例が通用しない原因です。

しかし、そうも言っていられません。この国に特化した資源管理政策、そして持続可能な生産のあり方をどう実現していくべきなのか。

それは本当に実現可能なのだろうか…。

04. 我々漁師は「海の番人」

「海は神様そのものたい」

今は亡き祖父の言葉ですが、畏れ、敬い、感謝の念を持ち接しなさいということでしょうか。

漁業の未来、それは人と海との共存です。より多くの人と海の恵みを分かち合い、共存していくためにはまず、この海が豊かでなくてはなりませんが、今のままの仕組みではそれは絶対に成し得ません。

現時点では漁獲圧を大幅に減らさなければならないでしょう。今よりも高度で細かい漁獲可能枠の設置が必要不可欠です。

さらに市場と連携し需要をしっかり共有した上で供給することが重要です。同じ魚でも、より共有しやすい魚を提供して、今まで以上に質(中身)にこだわるべきです。

そして環境保全。これがとても重要です。

世の中が便利になればなるほどゴミが増えました。世の中の急速な発展にモラルも環境も追いつけず、 自然災害が増え、豪雨がさらに大量のゴミを海へ運ぶ結果となっています。海岸に流れ着くのはほんの一部で、その多くは海を漂流しています。

それを回収しなければならない者がいるとすれば、それは海を生業とする者でしょう。

今の海には漁獲以外の新たな役割と仕組みが必要です。海を守る者の存在がなくてはなりません。

直接海と向き合う我々漁師は「海の番人」にならなければならないと、強く思います。

海の恵みを提供するだけでなく、海の環境を守り、育て、次の世代に引き継いでいく重要な責任があるからです。

「この海は君たちに任せたぞ」

皆からそう思われる存在に漁師一人ひとりがならなければなりません。

「この地域〜海にはこの人達あり」

そんな声が響く時、真の宗像ブランドができあがるのだと思います。漁業の未来、明るい希望を船に乗せ出港です。

おわり

権田 幸祐
1984年6月25日生まれ。
先祖代々続く漁師の家に生まれる。春から秋にかけては巻き網漁、冬はトラフグ漁に従事する傍ら漁業を盛り上げるべく日々奮闘中。

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